大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所秋田支部 昭和24年(を)141号 判決 1950年4月19日

被告人

岡卯一

主文

本件控訴を棄却する

理由

弁護人長谷川信の控訴趣意第一点について。

原審第一囘公判調書によればその証拠調前裁判官において次で検察官と弁護人が夫れ夫れ被告人及び原審相被告人等を尋問してることそして裁判官の問に対し被告人が默して答えなかつたこともあること、所論の通りであるが、同上調書によれば、被告人は本件公訴事実を全面的に自認し乍ら本件はイースト菌培養の目的であつたのが機械の設備や温度の関係で失敗を重ねてる間に本件酒類が出来て了つたと弁疏し、相被告人等三名は被告人との本件犯罪の共謀を否認し、単に被告人のイースト菌培養に協力したに過ぎないと弁疏してることを認められるので、被告人の犯罪の成否については既に争ないから裁判官が犯罪の成否について予断を抱いて被告人を推尋追及するの要なく、現に原審公判調書記載の尋問事項を検討するに右は本件公訴事実と被告人及び原審相被告人の弁疏事実とのくいちがいの取調を審理の焦点と見做し、訴訟の促進上同焦点であるくいちがいの理由発見のため、刑事訴訟法第三百十一条第二項の法意を活用したるべきを窺い得られ、所論の如く、ために被告人の訴訟上の防禦権を抑圧したとなす跡がなく訴訟手続に法令の違反あるとの非難をうくべき謂がないので論旨は理由がない。

同第三点について。

按ずるに原判決書によれば証拠として挙示した八項記載の書面中に大蔵事務官藤本捷七外三名作成被告人卯一に対する犯則事件報告書との記載を認めるが右は記録によれば弘前税務署收税官吏大蔵事務官藤本捷七外三名(同官吏鳴海勗、同斎藤忠、同佐藤文男)作成に係る被告人岡卯一外三名に対する犯則事件調査顛末書の誤記であることが容易に看取出来るので、犯則事件調査顛末書の証拠能力につき検討するに同書面はその冒頭記載で明らかなように右四名の收税官吏が被告人岡卯一等に対する酒税法犯則事件調査の為め国税犯則取締法に基き所轄簡易裁判所裁判官の令状により被告人岡卯一方に到り同人を立ち会わしめて同法第十条により臨検、捜索、差押質問を為し其の顛末を記載した書面であり、同条の規定により被告人岡卯一が立会人兼被質問者として調査官である收税官吏等と共に署名捺印してることを認め得るのである。そして同条後段の立会人又は質問を受けた者が署名捺印しないか又は署名捺印することが出来ないときは其の旨を收税官吏が附記せよとの規定は同立会人又は被質問者に対する質問其の他調査の任意性を指示すると共に同法が犯則事件調査の為め收税官吏に刑事訴訟法の所謂検証に該る検査をする権限を付与してる事実に照らし合わせ同法が右調査書面の公信力を保障したものと解するのが相当だから同書面は刑事訴訟法第三百二十三条第三号に該る証拠能力があると認めざるを得ない。果して然らばたとい被告人及弁護人が所論の如く同書面の証拠調に異議を称えても同書面の証明力を左右し得べき謂がない。

(弁護人長谷川信の控訴趣意書第一点)

原判決は訴訟手続に法令の違反あり。

新刑事訴訟法は職権審理主義の基盤に立ち乍ら其の姿を背後にかくし当事者訴訟主義を全面的に取入れ当事者の夫々の手続の進行に従いて事案の真相を発見することを目標としている、公訴の提起による事件の繋属は従来と何等異なるところなきも裁判所をして予断を抱かしめざらんとして各当事者が訴訟行為を為し裁判所は之を指揮して進展せしめるのである。従て裁判所に予断を抱かしむるが如き書類の添付、援用を禁じ起訴状一本主義を貫き公判準備手続に於て予断を抱かしむるが如き手続は受訴裁判所外の裁判所に於て取扱うべきものとなし、公判手続に於ても起訴状の朗読を以てはじまり、之に対し被告人の供述拒否権を認め検事は証拠調のはじめに於て証拠により証明すべき事項を明かにすべく之により被告人は防禦方法を準備する。即ち証拠調手続に入りて各当事者が攻撃、防禦の方法を為し裁判所が之を指揮して判決の熟するに至らしむるのである、換言すれば被告人を証拠方法となさず原告官に対等する当事者となしたものである。

従て被告人に対する質問は弁解を求むるにありて追及して真相を究明すべきものではない、尤も裁判所は何時にても必要とする事項につき被告人に供述を求めることが出来る(法第三一一条)けれどもそれは所謂質問であつて所謂訊問ではない、従て被告人の弁解を求めるのみであつて追及して被告人の不利益なる事項を引出すことを認めたものではない、起訴事実の認否に当りて否認する場合は簡明に其の争点を明かならしむべく、是認する場合に於ても之を追及して事件の全般に亙りて之れが取調を為すべきではない。若し夫れ全般に亙りて追及して取調ぶることあらば公判調書に名は質問したりと記載せらるると雖之れ旧法に所謂訊問糺明にして新法の企図する被告人の地位を失わしめ事件に対する予断を抱くに至るであろう、法が何時にても必要とする事項に付供述を求めることが出来ると規定し各個々の事項を予定し事件全般の事実と規定せざる所以なりと思料する。本件記録を閲するに起訴状朗読後拒否権を告げ(二九一条の誤記ならん)証拠調に入るに先立ち裁判所が各被告人に対して全事実を所謂訊問糺明している。被告人が默して答え得ざる状況なるに更に追及し(特にイースト製造の意思、時期等)又検察官弁護人入乱れて尋問している(検事、弁護人は裁判所に告げて質問すべきに斯る事実なし)

斯くの如く本件に於ては未だ証拠調手続に入らざるに拘らず裁判所は事件の全般について訊問糺明している。

元来裁判所に於ては起訴状以外に何等事件に関する資料はないのである。白紙で法廷に臨んだ裁判所が如何にして予断を抱くことなしで被告人を追及することが出来るであろうか。性格の弱きもの表現の下手なものは訊問に会つて真相にあらざる事実を認め或は其の態度によりて感得せられることは必然であろう。勿論拒否権ありとせられているのであるから之には答えないと言えば言えるのであるけれどもこれを言い切れるものは現今の状勢下に於ては特種事件の被告人又は特に法に馴れたものであつて誠に寥々たるものであろう、学者は起訴状一本主義で臨んだ裁判官が証拠調の範囲を決定する点に於てすら如何にして適当に決定し得るかにつき疑問を持つている(小野淸一郞氏)

証拠調に入りて一応の証拠の取調られたときに当りて個々の事項につき質問することは固より可なりとするも其の以前即ち白紙状態にある裁判官としては徒に偏見予断を抱くに至るべき危険あるのみ、最近斯る手続の随所に行わるるを見るのであるが証拠調手続を為したる場合は敢えて云わず起訴状一本にて臨み事件全般に亙り追及訊問して其の被告人に対する不利益なる供述を求めたる本件の如きは法の精神に反し明かに判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反であると思料する。

同第三点

原判決は虚無の証拠を断罪の資料となしたるか又は適法の証拠調を為さず証拠能力なき資料を断罪の基礎となした違法あり。

原判決は証拠の標目として八種類の書類を掲げ之を綜合して事実を認定し何等直接に審理したる証人の証言を採用せざりしものであるが、其の中に「大蔵事務官藤本捷七外三名作成被告人卯一に対する犯則事件報告書」を掲げている。原審記録を閲するに斯る報告書なるものは存在しない。(尤も検事は犯則事件報告書一通の取調を請求し裁判所が採用せる記載あり)

但し右標示の書面は昭和二十四年二月四日付大蔵事務官藤本捷七より弘前税務署長に宛たる岡卯一外三名に対する酒税法違反事件の犯則事件報告書と題する書面とも思料せられ又之に次いで記録に添付せられたる被告人岡卯一に対する犯則事件調査顛末書を指称するが如くも考えられざるにあらず或は其の両者を含むものとも認められ明かならざるところである。

右は単なる誤記とするも右書類は其の記載内容より最も重要なる資料として他の証拠と不可分的に綜合して事実の認定をしたるものと思料せらるるものである。

而して原審第三囘公判調書によれば検察官は(イ)乃至(ホ)なる各書類の証拠調を請求し弁護人は之に対し(イ)以下五種の書類については書面を以て証拠となすことに異議を述べたるに拘らず何等理由を示さず手続を履践せず(証拠調を為す以前に於て作成者の署名捺印を調査せず証拠能力の有無を判断せず)証拠調を為す旨決定している。右弁護人の異議の理由については何等調書に記載するところなく不明なるも右所謂犯則事件報告書の性質を検討して違法の証拠なることを明かにする。

右報告書は藤本大蔵事務官が其の上司たる税務署長に対する前記日時に於ける本件違反事件の顛末を記載し報告したものであつて所謂報告文書に該当するものであるが其の内容を検し(一)右藤本外三名の大蔵事務官が本件違反現場の模様を検分したるもの即ち検証の性質を有する記載と(二)被告人卯一に対して本件事案につき陳述せしめたる質問書即ち被告人の供述を録取した書面に分つことが出来る。

而して大蔵事務官たる作成者が法に所謂司法警察職員又は其の職務を行うものであるかも知れない、若し然りとせば右調書の前半は検証的書面であるから検証調書と看做さんか法第三二一条第三項により作成者が公判期日に於て証人として尋問を受け真正に作成したる旨の供述を為したるとき証拠と為すことを得るのである。然るに公判調書(第三囘)を検するに斯る事実なく裁判官は(ハ)乃至(ホ)の書類を示し被告人等の署名押印を確めた旨(一一一丁裏)記載するのみ、又第二囘公判調書に証人藤本捷七が証言する際検事に於て「之を見て思い出せないか」「此時証人作成被告人卯一の質問書を示したり」と記載せられ尚之に対し弁護人は異議を述べ裁判所は「係数日時等」云々については書類を見ることを許したる旨の記載あるも右証人が自己に於て作成したる旨の供述記載なく又他の三名の大蔵事務官が同様公判に於て証人として真正に成立したる旨供述したる事跡がない。然らば本件報告書は朗読せられたりとするも正規の手続を履践せざる違法の証拠にして罪証となすに足らぬ。

又後半記載によりて司法警察員の職務を行うものに対する自己調書なりとせんか被告人に拒否権を告げたる形跡全くなく従つて任意に供述したるものにあらざることを推定せらる。然かも被告人の署名ある部分と其の前葉との間に契印もない。

元来検証調書は作成者が物を直接検分したる事の報告書で立会人其の他のものの供述を記載すべきものではない。唯物の位置、距離等につき補足する程度に於て記載し得るに止まるものである。従て本件報告書は純然たる検証調書にあらず又純然たる被告人の供述を録取した調書でもなく二者を包含する書類である故に作成したる者が公判に於て作成の真正なる旨の証言と被告人に供述拒否権を告げ其の任意性が認めらるる事が要件である。

又本件大蔵事務官が司法警察職員の職務を行うものにあらずとする場合如何。

大蔵事務官は間接国税犯則者処分法により或は任意に嫌疑者の調査を為し或は裁判所の許可を得て臨検、捜索等の強制手続を為す権能が与えられている、即ち立会人に質問を為し之を記録に記載し調書を作成することも亦可能であつて恰かも司法警察員と異なるところなきが如くである。

然るに右処分法により作成せられた所謂検証的調書及嫌疑者に対する供述録取書の訴訟法に於ける証拠能力に関しては特に規定なし、即ち検証調書は裁判官、検察官、検察事務官、司法警察員の作成したるものにつき法第三二一条に夫々規定し其の他のものの作成したる調書につき何等規定がない。而して法第三二二条、同三二三条にも該当せざるものであるから被告人には弁護人に於て同意せざる限り証拠能力なきものである。

又供述録取書の証拠能力の大前提は其の任意性を確保せられたることにあり、警察員検察官は勿論最も公平厳正なる裁判官の質問に於てすら供述拒否権を告ぐることを要し任意に供述したるものなることが要請せられているのである。即ち供述の任意性が証拠能力の有無の絶対的要件なのである。換言すれば其の取調に当るものが其の権限を有するときは往々にして脅迫其の他任意にあらざる供述を為さしむる結果を生ずるから特に之れを要件となしたものである。而して大蔵事務官の調査は其の権限に基くものであつて其点何等警察員と区別すべき理由なく前記所謂報告書に何等拒否権を告げず、任意性なきものなるにより証拠能力なきものと思料する。

原審弁護人が本件書類を証拠となすことに同意せざりしは右の如き理由ならんと思料する。原審に於て之を排斥し証拠能力なき書類を断罪の重要なる資料となしたる違法である。尚斎藤忠作成の山口岩雄に対する、佐藤文男作成の葛西信雄に対する、鳴海勗作成の坂本鉦太郞に対する各質問顛末書も亦供述拒否権を告げる形跡なく同様である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例